2004/06/09

せつない思い

夕暮れの街、速度を上げて帰宅を急ぐ車の流れの中で、幾分戸惑う様な素振りで道路の左端を走って行くのは、僕の友達の乗った白いスクーターだ。若い頃には結構美人でわがままだった彼女も、結婚そして離婚、不倫の果ての摂食障害と対人恐怖からの引きこもりから、大変辛い努力をしながらも次第に立ち直りつつある証拠が、最近買った「白いスクーター」での夕暮れのお出かけなのだ、まだCDショップやショッピングセンターなどに寄って、カフェのテラスでちょっとだけお茶をして誰とも話さずに帰って来るだけだけど、いずれはコスメショップで以前のように化粧品を買いに行きたいって上目使いにはにかみながら話す彼女は、今スクーターに乗って、交差点で立ち止まる僕の前を通過して、夕暮れの街の中に赤いテールランプを輝かせながら消えてゆく。

すっかり暮れてしまい人通りも少なくなって来た街角の雑居ビル、階段の踊り場でカフェモカのカップを手にタバコに火を点ける彼女は昼間は小さな工場で働いているが、夜はこの街の風俗店で週2回働いている。子供を預けている母親にはコンパニオンをしていると言っておいてのこの仕事だが、彼女自身なぜ続けているのかわからない。結婚して子供が生まれ、なんとなく離婚して実家に帰ってからは、生活費もほとんどかからず、紹介されて入った職場での給料もほとんど自身の買い物に使っていて、別段収入に不足は無い。離婚した当初はごたごたしていた男関係も自然に無くなり、最近はもう数年続いている職場の妻子持ちとの不倫だけだが、特別に好きという訳でもなく、ただ何となく他の人を好きになっては悪いと思っている程度で、そのせいか、最近彼女の事をデートに誘ってくれる男友達ともそれ以上の関係になるつもりは無い。どうも自分を本当に愛してくれているのはその男だけだと思いながらも、これ以上親しい関係になるつもりもなく、でも離れていかれるのも何となく寂しいような気もする。いずれにしても皆には秘密にしているこの生活も、いずれは年齢のせいで変えていかなければと思っているが、結局はその時々の年齢でもできる風俗を見つけて同じように続けていくと感じている。店の他の女の子にはお金のためだと言ってあるが、自分でも本当に解らない、結構迷いながらもいつも買うのは同じ「カフェモカ」なのと同じに。

人影もまばらな深夜の地下鉄の車内で小さい背中を丸くかがめて技術書を読んでいる彼女は、小さな会社でシステムの仕事をしている。学校を出てから付き合っていた友達の紹介で知り合った男と結婚して、初めて行った遠くの街で、ほとんど働かない男からの暴力と性的な虐待のために、心に大きな傷を受けて別れて出て来たこの街で、心をささえてくれる人を探している。これまでいつでも男はいて、その時々に心の崩れて行くのを支えてくれていたとは思うのだけれど、結局は別れて永くは続かないと何時でも思っていて、その通り永くは続かない。気がつくと友達も居ないし、友達を作る気もない。いつでも周りに振り回されるくせに、周りに溶け込む事を恐れている。毎日歩いている街に幾分の恐れを抱きながらも、自分を支えてくれる人を探して、今日も一人深夜の地下鉄で運ばれて行く。