2004/05/18

アキハバラの変容

我々の世代では、秋葉原という地名は特別の響きを持っているといえます。学研の科学の付録に心ときめいた思いのある「カガク少年」にとって、当時ワレワレの実感していた実現可能な「夢」は、「あらゆる物の自らの手によっての創造」でした。つまりアトムのようなロボットを、スタートレックの宇宙船USSエンタープライズ号のような宇宙船を生み出すのは来るべき未来の中で生きる自分達「カガク少年」が大人になった「科学者」が支えるのだ、というのが子供達のなかに在るある種の共通意識だったのです。ちょうど真空管の時代が去り、トランジスターが主流となり、ICチップがOPアンプとして金属の丸い筐体から8本の足をはやした火星人のような形を現し始めたばかりのエレクトロニクス時代の幕開けに遭遇した我々にとって、新世代の「あらゆるモノ」を創造するための大事な「部品」の入手先である「アキハバラ」こそが当時の「カガク少年」の夢見る聖地だったのです。
私にとっても、小学校低学年の時にてくてくとお茶の水から歩いて行った「科学教材社」の工作キットからはすぐに卒業して、当時はまだガード下の1坪の店だった「九十九電気」で買った各種トランジスタや抵抗類で作り始めたラジオやアンプ、高学年になって、本田通商や若松通商で買った半導体で作ったいろいろなガジェット類、中学のころ初めて手に入れた外国製集積回路、その後に手に入れた初めての4ビットCPUとその周辺回路、九十九が今のビルになったころ地下で買った「アップルIIe」のコピーボードとCPU。
結局「アキバ」の近くの大学に入り、当時はジャンク屋だった「イケショップ」で買った部品で作ったミキサーやエフェクター類、ゲーム機メーカーの友達が横流ししたZ80でコンピュータを作るために部品を確保に通った「国際ラヂオ」、「秋月電子」。
初めて買ったまともなパソコン「CASIO FP1100」の聖地だった「和知電子」、お店の立ち上げがら出入りしていた「プラットホーム」、「コピープロテクト解除ソフト」を売っていたあやしい頃から知っている「ソフマップ」で、独立するために大事なバイクを売って作った金でマック買いに行った「安売りのDAV2号店」、と売り掛けで仕入れを快諾してくれた「和知電子」などの思い出が沢山ある「アキハバラ」なのです。
この思い出で判るように「アキハバラ」の主流はまず戦後すぐに闇市としての「部品屋」と「ジャンク屋」で始まり、昭和40年代のオーディオブームに乗って「アンプやAV機器を扱う専門店」(サトームセンやラオックス)が多くなり、そこから昭和50年代に「いわゆる白物(冷蔵庫や洗濯機)を扱う総合家電店」(石丸電気や南無線など)が出てきて、その隙間を縫って、昭和60年代になるとジャンク屋や部品屋から始まった「パソコン屋」が大量に発生、平成に入ってのパソコンブームに乗って既存店もパソコンショップに衣替えして現在に至っています。しかし現在の「秋葉原」で目立つのは、「ゲームキャラショップ」「ロリコン系ショップ」「コスプレ系ショップ」「エロ漫画同人誌ショップ」「フィギア(人形)ショップ」などのいわゆる「ヲたく系」のショップばかりです。もともと工学系のダサイ感じの客の目立つ「アキバ」でしたが、最近はもっと怪しいバランスの服装の「ヲ」の人で溢れかえっています。今や「アキハバラ」はサイバーパンクなエレクトロニクスの聖地から、「アニメヲタク」の聖地へと変貌しつつあるのです。これらのショップは大手カメラ系流通店との競争に負けた「小規模家電店」や競争激化の割にはパイの小さい「自作DOS/V機」から撤退した「自作ショップ」の後に大量に出店してきているのです。さらにこれらの店にくる「ヲ」の人のための「コスプレ」系の風俗店も大量に出店し始めています。さてこれらのショップ構成の変化と客層の変化がもたらすのはなにかといえば、いわゆる一般客の減少でしょう。特に街の雰囲気を支配している根本的な「方向性」というか「本質」にこれまでの「カガク系」の客層と「アニメヲタク系」に決定的な違いが見てとれます。それは、「創る人」と「消費する人」との本質的な社会的性格の違いです。部品を買い何かを作って行く、パソコンでソフトを作るそういった事を通して独創的な物作りを夢見ている「創る人」と、アニメのフィギアを高額で買い取りコレクションしたり、「有名漫画キャラを借りて描かれた同人誌」を収集したり、ゲームキャラに扮したりする「コスプレ」などの「消費する人」との違いは埋める事の出来ない深い溝が間に横たわっているのです。つまり「独創性」が一番と思っている「カガク系」と、正確な模倣が一番だと思っている「アニメヲタク系」との消費性格の違いが街の性格として現れ始めているのではないでしょうか。私は「アニメヲタク系」にも知り合いが多いので少しも悪い感情を持ってはいませんが、やはりなにかコレクター特有の内向きのエネルギーを大きく持っているようで、このあたりは集めるだけで創らない「骨董趣味」の人と全く同じです。つまり自分の興味の無い分野は全く無視するのが特徴で、ついでにほかの分野の店を覗くことなど全くあり得ません。この辺は「中野ブロードウェイ」の変容と同じで、コスプレショップの間のある機械時計の専門店などは軽蔑こそすれ、絶対に入店することはないのです。
このように「ヲタク系」ショップの台頭とそれによる「客層変化」による「ポイント移動のよそよそしい雰囲気」によって「アキハバラ」は壊滅していくと結論付ける人もいますが、私はそうは思いません。もともと「パソコンおたく」や「ゲームおたく」の横溢していた「アキハバラ」に元から生息しつつあった「アニメ・コスプレ・ロリ系ヲタク」が台頭してきたけれど、やはり戦後このかた底流をなしている「自作系」のショップは健在なわけで、この主流の違いは工学部の志願者減少や、芸術音楽系への蔑視などにみられる日本の「創造する人」への軽視風潮が反映しているだけの事だとおもいます。
いずれにしてもこれからの「アキハバラ」は時代を反映した変容を遂げながらも、何らかの「聖地」でありつづけることでしょう。